廃材と私(風化と蘇生を形に)

 廃材は私にとって、とても魅力的な「画材」です。
もちろん廃材だけが私の造形素材のすべてではないのですが、さまざまな廃材が私の表現世界に大きな幅をもたらしてくれたことは確かです。
 私は物が風化していく過程が好きで、雨ざらしになった自転車や歩道橋の欄干、ぼろぼろになったゴミを燃やすドラム缶や側溝に架かった朽ちかけた鉄板などがあると、ついつい立ち止まって見とれてしまいます。
たぶん、人為を排した風化と腐食の造形美が、強く私の心を惹き付けるのだと思います。
廃材を造形素材として選んだのは主にそんな理由からでして、廃材を再利用して環境問題を考えるリサイクルアーティストのような、崇高な気持ちからではありません。

 かつてテレビであった物や、コンピュータと呼ばれた物などに、造形物としてまったく別の命を与えるという行為は、私なりの廃材に対する供養と哀悼の儀式でもあるのですが、逆に廃材から、クリエイター(造物主)としての喜びを与えられているような気もします。